医療報道を考える臨床医の会

私たちの主張


要望書「朝日新聞社に適切な医療報道を求めます」(2011/01/28)


要望書PDFファイル(2011/01/28)

2011年1月28日

朝日新聞社社長 秋山 耿太郎 殿
朝日新聞社 報道と人権委員会 御中

朝日新聞社に適切な医療報道を求めます

去る2010 年10 月15 日、朝日新聞朝刊1面に『「患者が出血」伝えず 臨床試験中のがん治療ワクチン 東大医科研、提供先に』と題する記事が掲載されました。
私たち臨床医は、朝日新聞社のがんワクチン報道に対し抗議し、当該記事の訂正・謝罪、同社のガバナンス(組織統治)体制の再構築を求めます。

本趣旨に賛同下さる皆様の署名を広く募集し、55,773名の署名が集まりました。
ここに提出いたします。宜しくお願い申し上げます。

医療報道を考える臨床医の会 発起人代表 小松恒彦
ホームページアドレス http://iryohodo.umin.jp

以上

注:朝日新聞社に署名実物を2011/01/28提出予定でしたが、諸般の事情から当日には提出を行いませんでした。詳報予定です。

署名数4万名突破のお礼と、署名運動継続・署名提出予定のお知らせ(2010/12/22)


声明PDFファイル(2010/12/22第1版)

医療報道を考える臨床医の会
発起人代表 小松恒彦


本日までに私たちの『朝日新聞社に適切な医療報道を求めます』という意見に賛同して署名してくださった方が4万名を超えました。
心より御礼を申し上げます。
当初は年内に集計して朝日新聞社の秋山耿太郎社長及び『報道と人権委員会』(社内第三者機関)に提出する予定でございましたが、賛同署名が今現在もどんどん寄せられており、集計にも時間がかかると予想されるため、年明けに集計のうえ、提出し会見を開く予定でございます。


さて、12月6日付で朝日新聞社の代理人(秋山幹男弁護士)より、当会が朝日新聞報道に対して「捏造」という言葉を使ったことの訂正と謝罪を求める「申し入れ書」が内容証明郵便で届きました。
1週間以内に返答せよ、要求に応じなければ法的措置も検討する、という文面でございました。
第四の権力とも言われるマスメディアの、そのまたリーダーとも目される大新聞社が、私たちのような市井の医療者の言論を強圧的に封じ込めようとしてきたことに率直に驚いています。言論機関が、自らの拠って立つ言論の場で正当性を争わせず、決着を司法に委ねようとするのは自殺行為でないかと、心配申し上げております。
幸か不幸か、この申し入れ以来、署名の数が急激に増加致しました。


私たちは、一連の報道によって、治療法を求めていらっしゃるがん患者さんと、届けたいと頑張っている医療者が困っているという義憤から立ち上がったものの、今回の臨床研究の当事者ではありません。
ただ医療の専門家として、Captivation Networkの主張と朝日新聞社の主張とを見比べた時に、朝日新聞社が、何らの事実も明らかにしない現状においては、 Captivation Networkに理があると考えているまでです。朝日新聞社の名誉を不当に棄損するつもりは毛頭なく、「捏造の可能性が高い」 、「捏造と考えられる」という表現にはこだわりません。
願わくは、朝日新聞社の主張が正当であることを、第三者の我々にも分かるようにご提示いただけると幸甚でございます。


さらに言えば、「捏造の可能性が高い」、「捏造と考えられる」かどうかは、私たちにとって瑣末な問題であり、私たちの問題意識はもっと別のところに発しています。
この機会に、私たちが何をもって朝日新聞の一連の報道に違和感を持ち、今回の行動に至ったのか、改めて整理しておきたいと思います。


朝日新聞社は、今回の一連の報道は「薬事法の規制を受けない臨床試験には被験者保護の観点から問題があることを、東大医科研病院の事例を通じて指摘したもので、確かな取材に基づいています」とコメントされています。
このコメントの根底にあるのは、患者さんに不当に不利益を被らせてはいけないという思想のように見えます。
私たちも全く同感であり、本当に記事が「患者さんのため」という思想で貫かれたものであれば、医療者がここまで反発することはなかったと考えます。


以下の斜体にした文章は、医療者の立場ではなくメディアの立場から、日経バイオテクの河野修己・副編集長が12月10日付メールマガジンで配信した記事です。
本当に朝日新聞の今回の記事が「患者さんのため」といえるのか、河野氏も疑問を呈しています。


 (前略)今回の一連の報道の中で私が最もひっかかったのが、当該臨床研究が混合診療でないかと指摘した記事(10月16日掲載)です。
朝日新聞は報道の大義として、被験者保護を挙げていますが、この16日の記事を見て、ほんとにそうなのか疑念を持つようになりました。

 混合診療とは保険診療と非保険診療を組み合わせて提供することです。
文字で書くと簡単ですが、実際の臨床現場ではどういう場合が混合診療に該当するか、必ずしも明確になっていません。
同じ事例でも都道府県によって判断が異なる場合もあります。
また、国内で未承認の治療法しかない患者にとって臨床研究は最後の駆け込み寺になっており、その大部分は厳密に言えば混合診療になっているはずです。
政府は現在、規制改革の一環として、混合診療を認める範囲の拡大を検討しています。
もはや混合診療=悪と、ストレートに断言できる状況ではないのです。

 このような状況下で、国内にあまたある臨床研究の1つを混合診療でないかとあげつらうことに、どのような意義があるのでしょうか。
例えば朝日新聞が、臨床研究に使える公的研究費を米国並みにしろといったキャンペーンを展開しつつ、混合診療問題を取り上げるなら理解できます。
しかし、現状では、単発の記事を掲載しただけです。もしこの記事をきっかけに、厚労省が混合診療の判断基準を厳格化しろと全国に通知したら、朝日新聞は制度の適正化と見なすのでしょうか。そうなった場合、最も被害を受けるのは治療法がなくなる患者であることは明らかです。



私たちも同様に感じました。
被験者保護を訴えたいならば別の書き方がいくらでもあっただろうに、悪玉を吊るし上げる勧善懲悪パターンと考えられる報道だったことに「悪意」を感じました。


今回は私たち自身に向けられた「悪意」ではありませんでしたが、医療者は過去何度も、同じような「メディアの悪意」に晒されてきました。
医療者は目の前の患者さんを救いたいという一心で、不確実なことを試行錯誤で行っています。
そうせざるを得ないのが医療であり、その揚げ足を取って非難したからと言って、医療は決して良くなりませんし、むしろ悪くなる一方です。
ここで声を上げ、メディアの暴力を止めないと、医療が壊れてしまうかもしれないという危機感を覚えています。


あのような報道姿勢は、国民全員を不幸にするだけだと信じます。


私たちは、引き続き署名を募集して参ります。
もし署名がまだの方は、この機会にお願いできますと幸甚でございます。
集まった署名は、朝日新聞社の秋山耿太郎社長及び『報道と人権委員会』(社内第三者機関)に提出致します。


以上


(続)捏造報道の正当化・議論すり替えを図る朝日新聞(2010/12/06)


声明PDFファイル(2010/12/06第1版)

医療報道を考える臨床医の会


11月26日朝日新聞朝刊37面社会面に「東大医科研の抗議 本社が抗議回答書」と題する記事、さらには11月30日朝日新聞朝刊37面社会面に、「ワクチン臨床試験報道」と題する記事が掲載されました。
しかしながら以下に述べるように、これらの記事は、10月15日、16日の記事に寄せられた多数の抗議と事実誤認の指摘に対し、誠意ある回答になっていません。

私たちはここに再び抗議いたします。

また、当該記事の訂正と謝罪、朝日新聞社のガバナンス(組織統治)体制の再構築を求める署名募集を継続いたします。

10月27日の署名開始以降、4週間で20000名を超える皆様からのご署名をいただいております。署名は朝日新聞社の社長及び『報道と人権委員会』(社内第三者機関)に提出いたします。


【1】事実関係の誤りは、いつ訂正するのでしょうか

10月15日付記事で触れられたペプチドの開発者は、朝日新聞社から東大医科研にあてた回答書を見ても、明らかに中村祐輔教授ではありません。
訂正しないのでしょうか。


【2】私たちの質問には答えていただけないのでしょうか


当会では11/12の声明で、朝日新聞記事の事実誤認、黙殺されている重要な事実について言及しましたが、11/26、11/30の記事で回答は行われていません。
以下、特に問題と考える箇所を再度列挙(斜体部は11/12の声明)します。
また、回答を求めないとお返事いただけないようなので、今回は以下の質問(下線・太字で記しました)に対して、朝日新聞社に誠意ある回答を求めたいと思います。


・医科研病院の消化管出血は、膵頭部癌進行による門脈圧亢進に伴う食道静脈瘤からの出血であり、がんペプチドワクチンとの関連はなく膵癌の進行によるものと判断され、外部委員を含む治験審査委員会で審議され、問題なしと判断されていました。消化管出血がワクチン投与との因果関係が疑われる「副作用」であるかのような誤解を読者に与えることに朝日新聞は執着しています。

11/30の記事では、「出血が起きた患者は、評価が定まっていない、薬になりそうな候補物質の被験者です。有害事象が起きた時に『この病気ではありうる症状だから』で片づけてしまえば、被験者の安全を守ることも、候補物質の適正な安全性評価も難しくなりかねません。被験者保護の観点から、重要な事実と考えています。」と記載していますが、患者さんが進行膵癌を有している、という大前提を無視しています。

『膵頭部癌進行による門脈圧亢進に伴う食道静脈瘤からの出血』は、ワクチン投与との因果関係が疑われる『副作用』ですか?


・消化器癌進行に伴う消化管出血は医学的常識であり、臨床研究を行う臨床医の間で周知であり、臨床試験実施の如何に関わらず、患者さん・ご家族にも説明されていること。進行した消化器癌に伴う、既知の合併症として通常説明される事象を、朝日新聞が「臨床試験のリスク」の「説明義務」ありと誤認しています。

『末期の消化器癌進行に伴う消化管出血』は、『臨床試験のリスク』の『説明義務』ありとお考えですか?


・2008年2月に、他のがんペプチドワクチンを用いた臨床試験を実施している和歌山県立医大山上教授により、がんペプチドワクチン投与後の消化管出血が報告され、がんペプチドワクチンの臨床試験を行う臨床医の間で、情報が共有されていたこと(この消化管出血も、ワクチン投与とは関連なしとされましたが、念のために発表されたとのことです)。

がんペプチドワクチンの臨床試験を行う臨床医が全員参加する研究会、(Captivation Network)で、消化管出血の情報が共有されていました」が、それでも医科研病院は他施設(Captivation Network)に、『末期の消化器癌進行に伴う消化管出血』を伝えるべきだったと、お考えですか?


・医科研病院の消化管出血は、2008年2月から遅れること8ヶ月、2008年10月であったこと。

Captivation Networkの消化管出血の情報共有の8ヶ月後に、医科研病院の末期の消化器癌進行に伴う消化管出血は生じましたが、それでも医科研病院は他施設(Captivation Network)に、『末期の消化器癌進行に伴う消化管出血』を伝えるべきだったと、お考えですか?


・「患者出血なぜ知らせぬ 協力の病院、困惑」とされた関係者が存在しないこと。他機関関係者を全て含む研究団体であるCaptivation Networkの臨床医団体から、「『関係者』とされる人物は存在し得ない」との公式抗議が出され、記事捏造の可能性が高いこと。我々臨床医の視点からも、このコメントは非常に不自然、あり得ない内容であり、朝日新聞記者の捏造であると考えます。

Captivation Networkから、「『なぜ知らせぬ』と語った『関係者』とされる人物は存在し得ない」との公式抗議が出されています。これに対して11/30の記事では、『複数の施設の関係者に対面取材しております。取材源の秘匿の原則から、詳細は説明できませんが、記事中の発言を臨床試験施設の関係者がしたことは、揺らぐことのない事実です。』と返答しています。

臨床医グループ関係者が名前を公表して抗議しているにもかかわらず、取材源秘匿という形でのごまかしは許されません。また、仮に、万が一こう語った関係者が存在したとすると、このコメントは、専門家の総意(コンセンサス)、臨床医の常識からかけ離れており、その専門性と見識を疑わざるを得ません。
『関係者』とは、本当に臨床試験を実施している医師でしょうか? その存在を証明してください。



11/30の記事では、『(捏造の)指摘は全く事実無根で、朝日新聞社の名誉を傷つけるものです。』とあります。しかし、自身の10/15、10/16の事実誤認に基づいた記事で、ナチス・ドイツの人体実験まで持ち出し、対象者の名誉を傷つけた自覚はないのでしょうか。11/30の記事の『今回の問題とナチの人体実験を同列に論じたものでは全くありません』という記載に、自覚と反省は全く認められません。
朝日新聞記者行動基準には、「報道にかかわる一切の記録・報告に、虚偽や捏造、誇張があってはならない」「表現には品位と節度を重んじる。」とされています。

論説記事の見出しを撤回するつもりはありませんか?


・そもそも、医科研病院と和歌山県立医大他施設のがんペプチドは全く別物であり、臨床研究としても全く別であることから、医科研病院と和歌山県立医大他施設は、共同研究者ではないこと(この点は、恣意的な解釈のもとに共同研究者と翻訳する以外にないことを記事中で認めています)。(当会注:米国政府の臨床試験登録公開サイト、clinicaltrials.govによれば医科研病院の臨床試験はNCT00683085。一方和歌山県立医大の臨床試験はNCT00622622。用いたペプチドは医科研病院がVEGFR1-A02-770、和歌山県立医大がVEGFR2-169と、全く別になります。)

11/30の記事では『被験者保護の原則に照らして、ペプチドを他施設に提供している医科研が、「重篤な有害事象」の発生を、同種のペプチドを使って臨床試験をしている他施設に伝えていないことは、医の倫理上、問題があると判断しました。』としています。

貴社は、いつから臨床試験を管理し『医の倫理上、問題があると判断する』立場になられたのでしょうか?


・記事ではペプチドを複数組み合わせたり、抗がん剤と併用すると副作用がわからなくなるとしていますが、2009年9月に出された米国食品医薬品局(FDA)のがん治療用ワクチンガイダンスには、複数ペプチドの併用、抗癌剤との併用についての記載があること。

米国食品医薬品局(FDA)のがん治療用ワクチンガイダンスについて取材した上で、一連の記事を掲載されていますか??


・記事ではがんの「ワクチン治療」はまだ確立しておらず、研究段階だとしていますが、米国食品医薬品局(FDA)は2010年5月に前立腺がんワクチン、Provengeを既に承認していること。
以上、がんワクチンに関しては世界標準から逸脱した記事内容となっていること。


世界標準のがんワクチンの情報について、取材を行っておられますか?


・東京大学医科学研究所ヒトゲノムセンター長、中村祐輔教授ならびにオンコセラピー・サイエンス社は、無関係であるにもかかわらず記事に記載したこと。臨床試験のあり方、被験者保護を論じるために、何故本臨床試験と関係ない、2者を持ち出されたのか。

朝日新聞の回答書には特許公報に触れた部分がありますが、特許公報には発明者が明記されており、中村教授が発明者でないことは何より貴社が最もよくご存じのはずです。
また、11/30の記事では、中村祐輔教授がペプチドワクチン「開発者」と判断した理由について、講演・著書の恣意的引用を延々と記載していますが、科学的な根拠に基づいた理由はありません。米国政府の臨床試験登録公開サイト、clinicaltrials.govにおいて、医科研病院の臨床試験NCT00683085、及び用いたペプチドVEGFR1-A02-770について、中村祐輔教授、オンコセラピー・サイエンス社の名前を見つけることはできません。
さらには、中村教授は臨床医ではなく、臨床研究の遂行に関与する立場にも、有害事象の情報の扱いに関与する立場でもありませんでした。

臨床試験のあり方、被験者保護を論じるために、何故本臨床試験の実施・遂行には関与していない、中村祐輔教授、オンコセラピー・サイエンス社2者をあえて持ち出される必要があったのでしょうか?


最後に、もう二つだけ質問です。


倫理的にも、科学的にも、ルール上も、他の施設に報告すべき必要のない、医科研病院患者さんの消化管出血を、新聞1面・社会面・社説に持ち出した意図は何ですか?


臨床試験の問題点、被験者保護を論じるのに、倫理的にも、科学的にも、ルール上も、他の施設に報告する必要のない、医科研病院患者さんの消化管出血を、記事にした意図は何ですか?


以上


捏造報道の正当化・議論すり替えを図る朝日新聞(2010/11/12)(第1版)


声明PDFファイル(2010/11/12第1版)

医療報道を考える臨床医の会
発起人代表 帝京大学ちば総合医療センター 教授 小松恒彦


11月10日に朝日新聞朝刊17面オピニオン欄に、「臨床試験を考える」と題する記事が掲載されました。
これが、10/15、10/16の記事に寄せられた多数の抗議への朝日新聞社の公式回答だとするならば、朝日新聞社は我が国の臨床試験に参画される患者さん・がん臨床現場に対し与えた悪影響を全く反省していません。
当該記事の誤りを認めることなく、臨床試験の制度論へと議論のすり替えを行っているからです。

我々はここに再度抗議を表明し、当該記事の訂正・謝罪、同社のガバナンス(組織統治)体制の再構築を求め、署名募集を継続いたします。

10月27日の署名開始以降、2週間で2700名を超える皆様からのご署名をいただいております。署名は朝日新聞社の社長及び『報道と人権委員会』(社内第三者機関)に提出いたします。


【1】論点のすり替え

10/15、10/16の朝日新聞は、1面、社会面、社説で大きく報道し、東大医科研を糾弾しました。
東大医科研は2008年10月に生じた消化管出血を、臨床試験を実施する他機関に伝えず隠蔽していた、他機関関係者が「教えて欲しかった」とコメントしていた、何故他施設に知らせなかったのか、というのが内容の骨子で、以下のように「重篤な有害事象」の「隠蔽」を行ったような印象を与えるものでした。


10/15朝刊1面
「患者が出血」伝えず 臨床試験中のがん治療ワクチン 東大医科研、提供先に

10/15朝刊社会面(39面)
患者出血「なぜ知らせぬ」 協力の病院、困惑 東大医科研のワクチン臨床試験

10/16朝刊社説(3面)
東大医科研—研究者の良心が問われる


しかしながら10/23以降、朝日新聞社は「薬事法の規制を受けない臨床試験には被験者保護の観点から問題があることを、医科研病院の事例を通じて指摘したものです」と大きく論点をすり替えています。

「臨床試験の問題点」「被験者保護」を議論するのは大いに結構です。

が、今回の医科研病院の患者さんで消化管出血が生じたことを他の施設に伝えなかったとする事例を、わざわざ1面・社会面・社説に持ち出し臨床試験の制度論を論じることが適切でしょうか。
しかも、後ほど再度述べるように、記事には医学的誤り・事実誤認が多数含まれており、そのことに対する多くの抗議を受けているにもかかわらず、論点をすり替えた今回の記事が出てきたことに呆れます。


【2】「被験者保護」ではなく「患者重視」を

さて、論を転じた今回の記事で朝日新聞は、「臨床試験には被験者保護の観点から問題がある」ことを強調しています。私たちも同感であり、大いに議論していただければよいと思います。

ただし、肝心の記事の中身が全くいただけません。
朝日新聞は今回、法律や国の規制などによる「お上頼み」の「臨床研究の国家統制」を提唱しています。

しかしながら、「被験者」ではなく「患者さん」を診療している我々臨床医から見て、この考え方は言語道断です。
朝日新聞記事の提唱する臨床試験の国家統制・厚生労働省の保証では、かえって患者さんを苦しめるだけだということは確信を持って言えます。

新たな治療法や治療薬の開発は、多くのがん患者さんにとって大きな願いです。

誤った報道を朝日新聞が繰り返すことで、がん臨床研究の停滞や、がん患者さんの不安の増大がさらに懸念される状況となっています。

この上、臨床試験の国家管理、原則論・原理主義を貫いた場合、日本の臨床研究はすべて停止します。
朝日新聞の教条主義は、激烈な国際競争に晒されている日本のがんペプチドワクチンの臨床研究を不当に貶め、将来に取り返しのつかない禍根を残すものです。

もちろん副作用情報の共有は極めて重要です。
では、副作用情報を政府に報告すれば済むのでしょうか。
それによって報告する製薬企業と報告される国は免責されます。
しかし現実問題として我々、現場の医師には、厚労省や医薬品医療機器総合機構(PMDA)の有害事象データベースなど、ほとんど役に立っていません。
医学誌を読んだり、日常的に研究会や学会に参加することで、最新の情報を入手しようと努力しています。
また、皮肉なことに、我が国は政府に報告すれば、かえって情報が公開されないことがあります。
薬害肝炎、エイズなど、具体例は枚挙に暇がありません。

さらに、因果関係を否定できない副作用情報すべてを、患者さんに伝えることが本当によいのでしょうか。
すべての情報を伝えて、あとは自己責任と言えば、製薬企業と国は免責されます。
しかし、患者さんはひどく不安にさらされます。
我々医師は、患者にとって必要な情報を提供し、自己判断をサポートしたいと考えています。

今回のがんペプチドワクチン投与後の消化管出血情報は、臨床研究者の専門医が自ら研究会を立ち上げ、情報を共有し、論文発表までして自律的に動いていました。


【3】記事捏造疑い、医学的誤りの抗議を黙殺

11/10のオピニオン記事は、外務有識者と大牟田記者の問答記事、大牟田記者の署名記事、報道に関する無署名記事の3つから構成されていますが、医学的誤り・事実誤認に基づいた議論を繰り返しています。10/15、10/16の記事に対する当会・その他の団体の抗議に対する真摯な回答は行われていません。

朝日新聞社の記事中では、論旨を構成する上で邪魔な、重要な事実については全て黙殺されています。以下に列挙致します。


・医科研病院の消化管出血は、膵頭部癌進行による門脈圧亢進に伴う食道静脈瘤からの出血であり、がんペプチドワクチンとの関連はなく膵癌の進行によるものと判断され、外部委員を含む治験審査委員会で審議され、問題なしと判断されていました。
消化管出血がワクチン投与との因果関係が疑われる「副作用」であるかのような誤解を読者に与えることに朝日新聞は執着しています。

・消化器癌進行に伴う消化管出血は医学的常識であり、臨床研究を行う臨床医の間で周知であり、臨床試験実施の如何に関わらず、患者さん・ご家族にも説明されていること。
進行した消化器癌に伴う、既知の合併症として通常説明される事象を、朝日新聞が「臨床試験のリスク」の「説明義務」ありと誤認しています。

・2008年2月に、他のがんペプチドワクチンを用いた臨床試験を実施している和歌山県立医大山上教授により、がんペプチドワクチン投与後の消化管出血が報告され、がんペプチドワクチンの臨床試験を行う臨床医の間で、情報が共有されていたこと(この消化管出血も、ワクチン投与とは関連なしとされましたが、念のために発表されたとのことです)。

・医科研病院の消化管出血は、2008年2月から遅れること8ヶ月、2008年10月であったこと。

・「患者出血『なぜ知らせぬ』 協力の病院、困惑」とされた関係者が存在しないこと。
他機関関係者を全て含む研究団体であるCaptivation Networkの臨床医団体から、「『関係者』とされる人物は存在し得ない」との公式抗議が出され、記事捏造の可能性が高いこと。
我々臨床医の視点からも、このコメントは非常に不自然、あり得ない内容であり、朝日新聞記者の捏造と考えます。

・記事では「東大医科研ヒトゲノム解析センターが『コラボレーター』と記載されています。これは『共同研究者』と翻訳する以外にないでしょう。医科研提供のペプチドなくして他施設で臨床試験はできないわけですから、常識的には共同研究施設です。付属病院での有害事象を医科研が他施設に伝えるのは試験物の提供者として当然ではないでしょうか。」としヒトゲノム解析センターと医科研病院を一体のものと誤認させる記載を無理矢理しているが、ヒトゲノム解析センターと医科研病院は全く別組織であること。
そもそも、医科研病院と和歌山県立医大他施設のがんペプチドは全く別物であり、臨床研究としても全く別であることから、医科研病院と和歌山県立医大他施設は、共同研究者ではないこと(この点は、恣意的な解釈のもとに共同研究者と翻訳する以外にないことを記事中で認めています)。
(当会注:米国政府の臨床試験登録公開サイト、clinivaltrials.govによれば医科研病院の臨床試験はNCT00683085。一方和歌山県立医大の臨床試験はNCT00622622。 用いたペプチドは医科研病院がVEGFR1-A02-770、和歌山県立医大がVEGFR2-169と、全く別です。)

・記事ではペプチドを複数組み合わせたり、抗がん剤と併用すると副作用がわからなくなるとしていますが、2009年9月に出された米国食品医薬品局(FDA)がん治療用ワクチンガイダンスには、複数ペプチドの併用、抗癌剤との併用についての記載があること。

・記事ではがんの「ワクチン治療」はまだ確立しておらず、研究段階だとしていますが、米国食品医薬品局(FDA)は2010年5月に前立腺がんワクチン、Provengeを既に承認していること。
以上、がんワクチンに関しては世界標準から逸脱した記事内容となっていること。

・記事では「臨床試験は法律に基づかない臨床研究に関する倫理指針で対応しているため、事実上、野放しの状態」としていますが、実際は、医師法という法律に基づき、臨床試験が行われていること。

・医学用語である「重篤な有害事象」を意図的に一般用語として悪用していること。
医学用語では「重篤な有害事象」は、医薬品が投与された際に生じた、あらゆる好ましくない医療上の事象を指します。
交通事故に遭っても「重篤な有害事象」となります。
医科研病院の消化管出血は膵癌進行に伴う食道静脈瘤からの出血であり、外部委員を含めた治験審査委員会で審議され、問題なしとされ、自主臨床研究であったため審議終了となっていますが、朝日新聞は全く自主臨床研究とは関係のない、種類の異なるがんペプチドを用いた、実施計画も全く異なる臨床研究を行っている他の施設に、膵癌進行に伴う食道静脈瘤からの出血という「重篤な有害事象」を伝えなかったことを問題視しています。

・東京大学医科学研究所ヒトゲノムセンター長、中村祐輔教授ならびにオンコセラピー・サイエンス社は、全く無関係であるにもかかわらず記事に記載したこと。
臨床試験のあり方、被験者保護を論じるために、何故本臨床試験と関係ない、2者を持ち出されたのか。

以上


朝日新聞社に適切な医療報道を求めます(2010/11/08)(第2版)


提言・署名募集PDFファイル(2010/11/08第2版)

医療報道を考える臨床医の会
発起人代表 帝京大学ちば総合医療センター 教授 小松恒彦


私たちは、全国の病院・診療所に勤務し、患者さんと共に、日々臨床現場で診療を行っている医師です。
朝日新聞社のがんワクチン報道に対し抗議し、当該記事の訂正・謝罪、同社のガバナンス(組織統治)体制の再構築を求め、署名募集を行います。

去る2010年10月15日、朝日新聞朝刊1面に『「患者が出血」伝えず 臨床試験中のがん治療ワクチン 東大医科研、提供先に』と題する記事が掲載されました。記事には医学的誤り・事実誤認が多数含まれ、患者視点に欠けた医療不信を煽るものでした。記事報道を受け、当該臨床研究のみならず、他のがん臨床研究の停止という事態も生じました。


10月22日以降、医科学研究所清木元治所長患者会41団体日本医学会日本癌学会・日本がん免疫学会東京都保険医協会会長全国医学部長病院長会議会長オンコセラピー・サイエンス社から、朝日新聞報道に対する抗議声明が出されました。
さらには記事で『提供先に 患者出血「なぜ知らせぬ」 協力の病院、困惑』と語ったとされる協力病院の全研究者から構成されるCaptivation Networkから出された抗議声明では、記事に事実誤認および捏造の疑いがあることが指摘されています。
産経・読売・毎日・日経・週刊現代・週刊新潮・日刊ゲンダイの各紙誌がこの声明を報じましたが、朝日新聞は10月23日10月28日記事で同社広報部の「記事は確かな取材に基づくものです」とのコメントを記し、11月5日現在、当該記事について真摯に検証する姿勢を見せておりません。
以上の経過から、朝日新聞社は、信頼される言論報道機関としてのガバナンスに欠けていると判断せざるを得ません。
私たちは、朝日新聞社に対して適切な医療報道を求め、以下の提言を行います。
職種を問わず賛同いただける皆様からの署名も募集いたします(医療従事者以外のご署名も大歓迎です)。
署名は、朝日新聞社の社長及び『報道と人権委員会』(社内第三者機関)に提出いたします。


                記

(1) 東大医科研がんペプチドワクチン記事の訂正・謝罪を行うこと

(2) 同記事の取材過程の検証を行い、再発防止策を立て、公表すること

(3) 今後、がん診療・研究など医療に関しては事実を分かりやすく冷静に伝えること

以上


朝日新聞社に適切な医療報道を求めます(2010/10/27)(2010/10/28記事追記)


提言・署名募集PDFファイル(2010/10/28記事追記)

医療報道を考える臨床医の会
発起人代表 帝京大学ちば総合医療センター 教授 小松恒彦


私たちは、全国の病院・診療所に勤務し、患者さんと共に、日々臨床現場で診療を行っている医師です。
朝日新聞社のがんワクチン報道に対し抗議し、当該記事の訂正・謝罪、同社のガバナンス(組織統治)体制の再構築を求め、署名募集を行います。

去る2010年10月15日、朝日新聞朝刊1面に『「患者が出血」伝えず 臨床試験中のがん治療ワクチン 東大医科研、提供先に』と題する記事が掲載されました。記事には医学的誤り・事実誤認が多数含まれ、患者視点に欠けた医療不信を煽るものでした。記事報道を受け、当該臨床研究のみならず、他のがん臨床研究の停止という事態も生じました。

10月20日には、患者会41団体が「がん臨床研究の適切な推進に関する声明文」を発表しました。声明は「臨床研究による有害事象などの報道について、一般国民に誤解を与えず、事実を分かりやすく伝える報道を行う」ことを求めるものでした。しかし10月21日の朝日新聞朝刊は、『がんワクチン臨床試験問題 患者団体「研究の適正化を」』と、患者会で問題とされたのが、報道ではなく臨床研究であるかのように重ねて歪曲を行いました。

10月22日以降、医科学研究所清木元治所長2学会(日本癌学会・日本がん免疫学会)オンコセラピー・サイエンス社、そして日本医学会高久史麿会長から朝日新聞報道に対する抗議声明が出されました。抗議では、記事に事実誤認および捏造の疑いがあることが指摘されています。読売・毎日・日経・週刊現代の各紙誌がこの声明を報じましたが、朝日新聞は10月23日記事10月28日記事で同社広報部の「記事は確かな取材に基づくものです」とのコメントを記し、当該記事について真摯に検証する姿勢を見せておりません。

以上の経過から、朝日新聞社は、信頼される言論報道機関としてのガバナンスに欠けていると判断せざるを得ません。
私たちは、朝日新聞社に対して適切な医療報道を求め、以下の提言を行います。職種を問わず賛同いただける皆様からの署名も募集いたします(医療従事者以外のご署名も大歓迎です)。
署名は、朝日新聞社の社長及び『報道と人権委員会』(社内第三者機関)に提出いたします。


                記

(1) 東大医科研がんペプチドワクチン記事の訂正・謝罪を行うこと

(2) 同記事の取材過程の検証を行い、再発防止策を立て、公表すること

(3) 今後、がん診療・研究など医療に関しては事実を分かりやすく冷静に伝えること

以上





以下、他団体の声明





朝日新聞の記事に対する日本消化器病学会からの抗議声明(2010/11/16)


(日本消化器病学会許諾のもと全文転載。シュプリンガー出版社許諾のもと、論文PDFも全文掲載。)

平成22年11月16日

財団法人日本消化器病学会
理事長 菅野 健太郎


平成22年10月15日、16日の朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事は、東京大学医科学研究所で開発した「がんワクチン」を用いて同附属病院で行われた臨床試験に関して、「消化管出血」が、あたかも「がんワクチン」が原因であるかのように読者を誘導し、その「消化管出血」を他の病院に報告しなかったことを、「研究者の良心が問われる」として批判する内容となっている。

しかし、1)「日本消化器病学会発行のオンラインジャーナルに記載されている本件に関わる症例報告Nagayama et al. Clin. J. Gastroenterol., Published on line: 25 September, 2010)からは、「がんワクチン」と「消化管出血」との間の因果関係は明確にされていないこと、2)報道された事例は、医科学研究所附属病院の単独施設での臨床試験であり、プロトコールも他施設とは異なるものであることから、必ずしも他施設に報告する必要のない臨床試験であったと考えられる。

一方、この記事は、本件とは全く異なる臨床治験としてがんワクチン治療を受けている全国のがん患者さんに無用な不安感を与えるだけでなく、今後の新たながんワクチン治療開発の臨床試験へのがん患者さんの参加を躊躇させるマイナス効果をもたらし、この種の臨床試験に悪影響を及ぼすことが懸念される。

消化器癌を含めた消化器疾患のより良い診療を最大の目的として設立され、活動を続けている日本消化器病学会としては、本学会雑誌掲載論文に関わる内容について、誤解を与える可能性のある記事を掲載し、新しいがん治療開発につながる臨床研究に悪影響を及ぼすことは容認できない。
速やかに以上の事実関係を明確に示した記事を掲載するとともに、ジャーナリズムの指導的立場にある新聞社としての責任を自覚し、今後の良識ある対応を強く求めるものである。


Captivation Network臨床共同研究施設 抗議文(2010/11/12)


抗議文PDFファイル(許諾のもと全文引用掲載)

株式会社 朝日新聞社
代表取締役社長 秋山耿太郎 殿

                抗 議 文

                                2010年11月12日

去る2010年10月29日、われわれCaptivation Network臨床共同研究施設(代表世話人:岩手医科大学泌尿器科教授 藤岡知昭)は、貴殿および「報道と人権委員会」に対し、関係者連名にて抗議文を送付いたしました。

しかるに、その後、われわれに対して全くご返事を頂いていないのみならず、去る2010年11月10日の朝日新聞朝刊17面オピニオン欄の「臨床試験を考える」と題する記事についても、我々の今回の捏造と考えられる重大な事実についての指摘には無視を続け、事実関係を真摯に調査し明らかにされる姿勢が見られませんので、ここにあらためて抗議文を送付いたします。

われわれCaptivation Network臨床共同研究施設(代表世話人:岩手医科大学泌尿器科教授 藤岡知昭)は、2010年10月29日に、2010年10月15日の記事について、貴殿および「報道と人権委員会」に対し、①医学的事実の誤りについて、②捏造と考えられる重大な事実について、の2点を指摘した上で、朝日新聞の取材過程の適切性についての検証と、記事の根拠となった事実関係の真相究明を求めると同時に、記事となった「関係者」が本当に存在するのか、その根拠の提示を求めました。
さらに、同年10月16日朝日新聞社説で、捏造の疑いのある前日の社会面記事に基づいて、『研究者の良心が問われる』との見出しで、ナチス・ドイツの人体実験まで引用し、読者に悪印象を植え付ける形で、われわれ研究者を批判する記事が掲載されたことについて、われわれ臨床研究を実施している研究者への悪意に満ちた重大な人権侵害と考え、全面的な謝罪を求めたところです。

2010年11月10日の朝日新聞朝刊17面オピニオン欄の「臨床試験を考える」と題する記事において、科学医療エディターの大牟田透氏は、「朝日新聞はこれからも患者や研究者などの多様な意見を報じていきます。」と記されております。
「確かな取材」を表明されている貴社においては既にご存知のことと思われますが、2009年9月、米国食品医薬品局(FDA)「治療用がんワクチンについての臨床的考察(案) Clinical considerations for Therapeutic cancer vaccines DRAFT GUIDANCE」を公表し、従来の薬剤と全く異なる作用機序をもつ「がんワクチン療法」は、既存の薬剤と異なる考え方をもとに臨床試験をデザインする必要があることなど、がん治療の概念が変わりつつあることを表明しました。
「臨床試験を考える」と題する記事において、有識者へのインタビュー記事が掲載され、科学医療エディターの大牟田透氏も引用されておりますが、「がんペプチドワクチン療法」をご専門分野とされない有識者に、貴社からの断片的な情報からコメントを求め、記事として取り上げることは、適切な取材手法とは思えません。
自らに都合のよい断片的な情報のみを継ぎ接ぎする取材手法を、科学医療エディターの大牟田透氏までもが用いておられるのではないか、との危惧を覚えます。
「がんペプチドワクチン療法」について今後、解説記事を掲載される際には、是非、本医療技術についての世界的な最新の知識や世界の規制当局の最新の見解を理解された専門領域の有識者への取材を行い、がん治療を行っている患者さんの視点、現場で臨床研究を実施している医療従事者の視点、世界的見地に立った日本の医療政策の視点などについても、公正で偏りのない記事が掲載されることを望んでやみません。

事実から目を背け、話題を他にそらすのではなく、指摘された「捏造」の疑惑について真摯に調査し、その結果を紙面あるいはその他の手段を用いて明らかにすることは、責任ある報道機関として信頼を得る上では必須のことかと存じます。
今回の捏造と考えられる重大な事実について、我々と患者さんを含めた社会が納得できるように、一連記事と同程度の1面記事を含めた紙面においての事実関係の調査結果の掲載を要求すると同時に、われわれ研究者への悪意に満ちた重大な人権侵害に対する全面的な謝罪を求め、ここにあらためて抗議いたします。

尚、Captivation Network臨床共同研究施設関係者の中で、本抗議への賛同者が170名に増えましたことを申し添えます。

                        Captivation Network臨床共同研究施設
                        岩手医科大学 泌尿器科 教授 藤岡知昭(代表世話人)
                        (当会注:以下169名医師名及び連絡先記載あり、省略、抗議文PDFファイル参照)


大丈夫か朝日新聞の報道姿勢 II(2010/11/10)


(東大医科研ホームページより清木所長許諾により全文引用掲載)

東京大学医科学研究所所長 清木元治

2010年11月10日付朝日新聞東京版第17面に、「臨床試験を考える」とした「オピニオン」記事が掲載されました。
先端医療振興財団臨床研究情報センター長の福島雅典氏への朝日新聞東京本社大牟田科学医療エデイターによる取材記事として、我が国における臨床試験の二重基準に対しての意見が紹介されています。
その隣には大牟田エデイターにより東京大学医科学研究所におけるがんワクチンをめぐる臨床試験に関する一連の報道に対する朝日新聞の立場が説明してあり、最後に今回の報道に対して多方面から抗議があったことを報じています。
また、この主張の終わり付近には、「現在の患者の利益を損なわず、新しい薬や治療を一刻も早く実用化するにはどうしたらいいか。その知恵が問われています。今回の報道がそのための重要な一石になると信じています。朝日新聞はこれからも患者や研究者などの多様な意見を報じていきます。」と述べています。
なかなか力の入った記事ですが、「今回の報道」が10月15日の記事を指すものだとすると、この記事について多くの方々から寄せられている抗議への本質的な意味が理解されていないと言わざるを得ません。

10月15日から始まった一連の朝日新聞報道の問題点は、11月10日付の「オピニオン」記事まで、その病根を引きずっているようです。
特に象徴的で判りやすい例は、10月20日に発表されたがん患者41団体の声明を伝える朝日新聞の記事です。
声明には、「臨床試験における有害事象等の報道には、がん患者を含む一般国民の視点を考え、誤解を与えるような不適切な報道ではなく、事実を判り易く伝えるよう、冷静な報道を求めます」とありました。
15日付の記事を見て大変動揺した患者の気持ちを代表する形で、報道への要望が強く表れた内容です。
しかし、翌10月21日(朝刊38面)の記事では、声明文の中から「誤解を与えるような不適切な報道ではなく」の部分が削除されていました。
一方、他紙では削除されることなく正確な報道がなされています。
また、15日の記事に対して、ペプチドワクチンの臨床研究グループ(Captivation Network)は、記事中の関係者のコメントはねつ造されたものではないかと指摘しましたが、朝日新聞からは何らコメントがありません。
つまり、朝日新聞は「誤解を与えるような不適切な報道」も、自説を貫くためにはやむを得ないとの考えるのでしょうか。
まさに、沖縄のサンゴ礁事件を連想させます。

臨床試験にかかわる制度上の問題は、多面的な角度から冷静に議論することが重要であることは、ほとんどの人が理解をしていますし、現行制度の中で我々を含めた関係者は患者の皆様と懸命の努力をしているのが現実です。
また、臨床試験にかかわる多くの関係者は、より良い方向への制度の改善は図られるべきだと考えています。
しかし、我々だけでなく多くの方々が指摘している問題は、全国紙という媒体を用いて、出河・野呂両記者の論点を主張する材料として、事実を誤認させるようなエキセントリックな記事を書き、取材対象者および患者の皆様に誤解と不安を与えたということです。
それでも10月15日付の記事掲載を擁護しなければならないとすれば、記事の目的は何だったのでしょうか、不思議に思えます。
社会の矛盾を指摘し、真摯な調査と改善を社会に対して要求し続けてきた朝日新聞が、自らはその対象外であると考えているとすれば看過できない傲慢な思い違いです。
現在は、「多様な意見を掲載する」よりも、社内での真剣な検証とその結果を読者および関係者に説明することが必要とされています。

日本を代表する全国紙として、朝日新聞は大きな影響力を持っており、掲載される記事は直接あるいは間接的に人命にも影響しうるものです。
このことを考えれば、朝日新聞には臨床試験における被験者保護の観点とまったく同様に、医療報道における取材対象者の人権保護や患者の権利への配慮に対して真摯に向かい合うということが求められています。

以上の点から、今回のオピニオン記事は、医科学研究所が11月5日付で朝日新聞社に送付した抗議および謝罪・訂正請求書(医科研HPに掲載)に対する回答には相当しないと考えます。

                                     以上


東京大学医科学研究所 貴社記事に対する抗議及び謝罪・訂正請求書(2010/11/05)


PDFファイル(東京大学医科学研究所許諾のもと全文引用掲載)

貴社記事に対する抗議及び謝罪・訂正請求書

当職らは、東京大学医科学研究所(以下「医科学研究所」といいます)の代
理人として、2010年10月15日と同月16日に掲載された、貴社が発行
する朝日新聞の下記2つの記事と1つの社説(以下まとめて「本件記事」とい
います)について、下記のとおり抗議し、これについての謝罪及び訂正の記事
を朝日新聞に掲載することを請求いたします。

本件記事は、貴社による取材依頼に対し、医科学研究所が貴社の論説委員
編集委員に誠意を持って提供した情報を、部分的かつ恣意的に引用することに
よって創作された記事であり、本件記事の読者に、医科学研究所が、がんワク
チンの臨床試験の際の「重篤な有害事象」を隠ぺいしたかのような印象を与え
るもので、医科学研究所の名誉・信用を棄損するものです。これらの記事の内
容の不当性については別途指摘します。また、本件記事は、既に、がん患者団
体有志41団体をはじめ、日本癌学会、日本がん免疫学会の抗議声明が指摘し、
また日本医学会も支持しているように、がん患者さんたちに根拠のない不安を
与え、正当ながんワクチン開発の研究に悪影響を及ぼしています。

2010年10月24日付で朝日新聞に掲載された貴社広報部の談話によれ
ば、この記事は、「薬事法の規制を受けない臨床試験には被験者保護の観点か
ら問題があることを、医科研病院の事例を通じて指摘したもの」とのことです
が、本件事例は、法的、医学的にも、また医者の倫理上も問題のないもので、
医科学研究所は貴社の取材に対し、丁寧に説明し、またその他のメディアを通
じ、対外的にも公表しております。しかし、本件記事を読んだ通常の読者には、
「薬事法の規制を受けない臨床試験」の一般的な問題ではなく、扇動的な見出
しが示すように、医科学研究所の問題行為として認識されるような記述である
ことは明らかです。

本件記事の内容が不当であることを示す、事実誤認及び部分的・恣意的な引
用による不適切な部分は、別紙のとおりです(別にお送りします)。
以上を踏まえ、医科学研究所は、貴社に対し、次のとおり請求いたします。
本書面到達後2週間以内に貴社の対応について当職ら宛てご回答ください。


本件記事が、医科学研究所の名誉・信用を棄損したことを謝罪する記事
を直ちに、朝日新聞に掲載すること。


別紙で指摘した本件記事の事実誤認、引用の不当性についての訂正記事
を朝日新聞に掲載すること。特に、3(2)に記述した「なぜ知らせて
くれなかったのか」との他大学関係者のコメントについてその内容を具
体的に明らかにすること。訂正する必要がないと主張する場合は、その
理由を当職ら宛て回答すること。


本件記事については前述のとおり関係諸団体が抗議しているが、これら
を踏まえ、本件記事が治療中の患者に根拠のない不安を与えたこと、ま
たがんワクチンの研究開発に悪影響を及ぼす可能性があることについて、
貴社の見解を明らかにすること。

             記


2010年10月15日付朝日新聞(東京版)の1 面に掲載された、「『患
者が出血』伝えず
東大医科研、提供先に」と題する記事


2010年10月15日付朝日新聞(東京版)39面に掲載された、「患
者出血『なぜ知らせぬ』
協力の病院、困惑
東大医科研のワクチン臨床試
験」と題する記事


2010年10月16日付朝日新聞の社説「東大医科研—研究者の良心が
問われる」

                          以上
平成22年11月4日
東京大学医科学研究所代理人弁護士

〒104‐8011
東京都中央区築地5‐3‐2
株式会社
朝日新聞社
朝日新聞東京本社編成局長
   西 村 陽 一 殿






貴社に対する抗議及び謝罪・訂正請求書(2010 年11 月4 日付)に別紙として引用する資料

PDFファイル(東京大学医科学研究所許諾のもと全文引用掲載)

東京大学医科学研究所


1.記載内容が事実と異なる部分(イタリック体は、掲載記事からの引用)

(1)開発者氏名

○2010 年10 月15 日付東京朝刊1 面4段目
「医科研ヒトゲノム解析センター長の中村祐輔教授がペプチドを開発し、」
○2010 年10 月15 日付東京朝刊39 面3段目
「国内外で未承認のペプチドの臨床試験は、開発者である中村祐輔・東大医科研教授が
全国の大学の研究者に協力を求め、医科研が他施設にペプチドを提供して06年に始
まった。」

→本臨床試験のペプチド開発者は別人であり、特許にも中村教授は関与していない。

(2)他の臨床研究実施状況

○2010 年10 月15 日付東京朝刊1 面5段目
「同種のペプチドを使う臨床研究が少なくとも11の大学病院で行われ・・・。うち六
つの国立大学病院の試験計画書で、中村教授は研究協力者や共同研究者とされていた
が、」

→同種のペプチド(VEGFR1-A02)を使う臨床研究は、11ではなく7つの大学病院で実
施しており、研究協力者や共同研究者とされている国立大学法人は、6つではなく4つ
である。

(3)取材開始日

○2010 年10 月15 日付東京朝刊1 面6段目
「朝日新聞が今年5 月下旬から中村教授と臨床試験実施時の山下直秀医科研病院長に取
材を申し込んだところ」
○2010 年10 月15 日付東京朝刊39 面の年表
「5 月25 日 朝日新聞が東大広報室へ取材申し込み」

→朝日新聞から最初に中村教授と臨床試験実施時の山下直秀医科研病院長に取材が申し込
まれたのは、2010 年2 月22 日付の清木元治医科学研究所長あての質問状である。この
点は、同質問状だけでなく、5 月25 日付の武田洋幸広報室長と清木元治医科学研究所長
あての質問状にも明記されている。


2.情報の部分的引用により不適切な表現となっている部分

(1)「情報共有」及び「有害事象」の取扱い

○2010 年10 月15 日付朝刊1 面見出しに続く本文
「東京大学医科学研究所(東京都港区)が開発したがんペプチドワクチンの臨床試験を
めぐり、医科研付属病院で2008年、被験者に起きた消化管出血が「重篤な有害事象」
と院内で報告されたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていな
かったことがわかった。医科研病院は消化管出血の恐れのある患者を被験者から外した
が、他施設の被験者は知らされていなかった。」

→医師らによって情報共有されている事実の取扱い
2010 年9 月14 日付(2.)の回答文で「既に他施設の責任医師たちにおいて情報共有さ
れている同様の消化管出血の報告」(重篤な有害事象)が存在し、関係者は進行癌の治療
の際の消化管出血の可能性については十分に理解している」と説明しているにもかかわ
らず、この重要な事実が無視され、読者に伝えられていない。

→「消化管出血」の取扱い
2010 年6 月30 日付(1.(2))の回答文において「発生原因としては、原疾患の進行(腫
瘍の増悪・圧迫による静脈瘤形成)に伴う出血と判断されましたが、」と、および9 月14
日付(2.)回答文において「なお今回の有害事象発生は原疾患の進行(腫瘍の増悪・圧迫
による静脈瘤形成)による出血と容易に想定されること」と説明しているにもかかわら
ず、これらの説明箇所に触れないことにより、消化管出血がワクチン投与との因果関係
が疑われる「副作用」であるかのような誤解を読者に与える表現をしている。

→「重篤な有害事象」の取扱い
2010 年6 月30 日付(1.(3))の回答文の「入院や入院期間の延長を要したといったこ
とがあれば、被検者が実際には重症ではない場合でも相当する。「重篤な有害事象」は「死
亡あるいは重症となった副作用」と同義ではない」という説明を記事に入れないことに
よって、ワクチン投与との因果関係が疑われる「副作用」であるかのような誤解を読者
に与える表現をしている。

(2)「因果関係」の取扱い

○2010 年10 月15 日付東京朝刊1 面5 段目
「朝日新聞の情報公開請求に対し開示された医科研病院の審査委の議事要旨などによる
と、開始から約半年後、膵臓(すいぞう)がんの被験者が消化管から出血、輸血治療を
受けた。医科研病院はペプチドと出血との因果関係を否定できないとして、08年12
月に同種のペプチドを使う9件の臨床試験で被験者を選ぶ基準を変更、消化管の大量出
血の恐れがある患者を除くことにした。被験者の同意を得るための説明文書にも消化管
出血が起きたことを追加したが、しばらくして臨床試験をすべて中止した」

→2010 年6 月30 日付(1.(2))の回答文では「貴社が指摘している重篤な有害事象は、
癌患者に対するペプチド投与の際に出現した消化管出血の事象ではないかと推測してい
ます。当該臨床試験においては、進行癌の患者様が対象であるために、腫瘍の浸潤や臓器
能の低下により様々な併発症を容易に起しやすい状態にあります。消化管出血も稀な併発
症ではありません。今回の消化管出血(下血)の事象に対して、責任医師は、当該患者様
の血圧、脈拍などのバイタイルサインには問題はありませんでしたが、安全を期して輸血
が必要と判断し、入院期間を延長しました。発生原因としては、原疾患の進行(腫瘍の増
悪・圧迫による静脈瘤形成)に伴う出血と判断されましたが、ワクチン投与による可能性
を完全に否定することは科学的に見て困難と結論されました。今回の事象を治験審査委員
会に報告するに際し、入院期間が延長したことを反映して「重篤な有害事象」に相当する
分類となり、因果関係については不明とされました。因みにこの患者様は、その後の処置
で軽快されました。」と説明している。しかし、これらの背景事情が無視され、記事では
短絡的に「因果関係を否定できない」と記述され、ワクチン投与との因果関係が疑われる
「副作用」であるかのような誤解を読者に与える表現をしている。

(3)臨床試験中止の理由の取扱い

○2010 年10 月15 日付東京朝刊1 面5 段目
「被験者の同意を得るための説明文書にも消化管出血が起きたことを追加したが、しば
らくして臨床試験をすべて中止した。」

→2010 年9 月14 日付(1.)の回答文では「被験者保護のため免疫反応の比較検討を優先
することが主たる理由ですが、適応基準を満たす被験者のリクルート率の低さもあり円
滑な遂行を妨げていたこと、他の施設のプロトコルと違ってペプチドを週2 回投与する
ため、アジュバンド等の経費の負担が大きい臨床試験であったことも含め、これらの要
因を総合的に判断して終了」したと説明している。しかし、記事では消化管出血を副作
用として判断し、中止したかのような誤解を読者に与える表現をしている。

(4)先端医療開発特区と、医科研附属病院が実施した臨床試験の関係の取扱い

○2010 年10 月15 日付東京朝刊1 面7段目
「厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」は「共同で臨床研究をする場合の他施設
への重篤な有害事象の報告義務」を定めている。朝日新聞が今年5月下旬から中村教授
と臨床試験実施時の山下直秀医科研病院長に取材を申し込んだところ、清木元治医科研
所長名の文書(6月30日付と9月14日付)で「当該臨床試験は付属病院のみの単一
施設で実施した臨床試験なので、指針で規定する『他の臨床研究機関と共同で臨床研究
を実施する場合』には該当せず、他の臨床試験機関への報告義務を負いません」と答え
た。
しかし、医科研は他施設にペプチドを提供し、中村教授が他施設の臨床試験の研究協
力者などを務め、他施設から有害事象の情報を集めていた。国の先端医療開発特区では
医科研はペプチドワクチン臨床試験の全体統括を担う。」

→本試験には、「臨床研究に関する倫理指針」で定める共同臨床試験機関は存在していない
という清木所長の回答に対して、「しかし」という接続詞で、国の先端医療開発特区に話
を結び付けている。医科研附属病院が実施した臨床試験と先端医療開発特区は、事業の
性質が全く異なるものであるにもかかわらず、今回の臨床試験と関連があり、さも誤っ
た取扱いがあったかのような誤解を読者に与える表現をしている。

(5)ベンチャー企業の取扱いに関する疑義

○2010 年10 月15 日付東京朝39 面5 段目
「医科研がペプチドを提供し、各大学が様々ながんを対象に臨床試験をする。効果が期
待できそうなものを選び、国の製造販売承認を得るための治験に切り替えていく。それ
が中村教授の開発戦略だ。
そうした研究成果の事業化を目的に01年に設立されたのが東大発のベンチャー企
業、オンコセラピー・サイエンス社(川崎市、東証マザーズ上場)だ。新薬の承認申請
に向けて、一部のがんを対象にペプチドを使った治験を行っている。
中村教授は今年4月に国立がん研究センター研究所長に就任するまでオンコ社の社外
取締役だった。6月に同社が関東財務局に出した有価証券報告書によると、同教授は3
月末で2万1750株(発行済み株式の10・73%)を所有する筆頭株主だ。医科研
客員研究員になっているオンコ社役員が、複数の施設の臨床試験で、中村教授とともに
「研究協力者」や「共同研究者」になるなど、同社は治験前の臨床試験にも深く関与し
ている。」

→本臨床試験を例に出しながら、無関係の国の先端医療開発特区と結び付け、「中村教授」、
「医薬品開発」、「オンコセラピー・サイエンス社」と記事をつなぐことによって、いか
にも中村教授に重大な利益相反があるかのような誤解を読者に与える表現をしている。

3.「確かな取材」過程に対する疑義

(1)不正な手段に基づく情報入手とその取扱いに関する疑義

○2010 年10 月15 日付東京朝刊1 面5 段目
「朝日新聞の情報公開請求に対し開示された医科研病院の審査委の議事要旨などによる
と」

→朝日新聞社から受け取った2010 年8 月25 日付の質問状では、情報公開した資料に基づ
くとしながら、医科研が開示した書類には記載されていない情報に基づいて質問してい
る。情報入手に関する正当性に疑義があり、これについては別途質問状を送付する予定
である。

(2)乏しい根拠に関する疑義

○2010 年10 月16 日の社説2段目中ほど
「医科研は「報告義務を負わない」というが、被験者の安全と人権を守る観点に立て
ば、医科研の側からも情報を提供すべきだった。」

→上記結論に至る客観的な根拠は、15 日朝刊39 面の関連記事の中で、他大学の関係者の意
見として「なぜ知らせてくれなかったのか」とのコメントだけである。今回の一連の記
事の中で最も重要な結論が、専門領域も明記されていない一人の医師のコメントのみに
よる点は、到底「確かな取材に基づいている」とは言えない。

4. 本記事の紙面における取扱いに関する疑義

2010 年10 月15 日付東京朝刊1 面記事においては、医科学研究所での臨床試験中に見
られた出血が大問題であるように報じ、それを関係他機関に伝えていなかった医科研が
大きな間違いを犯したと取れる記事をトップに掲げた。しかし、10 月24 日の朝刊38 面
では、医科研に関する報道は日本の臨床試験の体制に問題があることを指摘するための
事例であるとトーンを自ら下げている。
同記事が明らかな間違いや不適切な表現を含むことは、これまでにすでに指摘した通
りである。加えて、朝刊1 面記事での大事件的な記事の取り扱いは、10 月24 日付朝日
新聞社広報部の話として書かれている「薬事法の規制を受けない臨床試験には被験者保
護の観点から問題があることを、医科研病院の事例を通じて指摘したもの」にしては、
極めて不適切な取扱いである。

                                     以上



Captivation Network臨床共同研究施設 抗議文(2010/10/29)


抗議文PDFファイル(許諾のもと全文引用掲載) 会見動画(2010/10/30)(Infoseek記事中にも本文書読み上げる同動画あり)

株式会社 朝日新聞社
代表取締役社長 秋山耿太郎 殿
報道と人権委員会 御中

                抗 議 文

                                2010年10月29日

去る2010年10月15日、朝日新聞朝刊1面に『「患者が出血」伝えず 臨床試験中のがん治療ワクチン東大医科研、提供先に』、社会面に『関連病院「なぜ知らせぬ」』と題する記事が掲載されました。(当会注釈:朝日新聞10/15記事東大医科研でワクチン被験者出血、他の試験病院に伝えず参照)
社会面『関連病院「なぜ知らせぬ」』の記事には、臨床研究を実施している病院の関係者とされる人物への取材に基づいた生生しい内容の記事が掲載されており、この記事は読者に、東大医科研が有害事象を隠蔽したという印象を与えました。しかし、医学的事実の誤りに加え、捏造と考えられる重大な事実が判明いたしましたので、ここに強く抗議いたします。

(医学的事実の誤りについて)
第1、我々は東大医科研病院の共同研究施設ではなく、独自の臨床研究が行われた東大医科研病院の有害事象について、情報の提示を受ける立場にはありません。したがって、記事見出しの「なぜ知らせぬ」という表現は、我々自身も不自然な印象を受けます。
第2、本有害事象は、発表された論文(当会注釈:論文中Case 2)からも原病である膵癌の悪化に伴った食道静脈瘤からの出血と判断されています。進行がんの一般臨床において、出血が起こりうることは少なからず起こることであり、出血のリスクを有する進行がんの患者さんにご協力を頂き臨床研究を実施する危険性について、我々の中では日常的に議論され常識となっております。
第3、原病の悪化に伴う出血の有害事象については、医科研病院の有害事象が発生する以前に、既に我々のネットワークの施設で経験をしています。ペプチドワクチンによる有害事象とは考えられないが臨床研究実施中に起こった有害事象として、2008年2月1日の「第1回がんペプチドワクチン全国ネットワーク共同研究進捗報告会」にて報告がなされ情報共有が済んでおります。したがって、ペプチドワクチンとの関連性が極めて低いと判断され、原病の悪化に伴うことが臨床的に明らかな出血という既知の事象(当会注釈:前記2008年2月1日報告会で出血について情報共有済。医科研症例の出血は2008年10月発症)について、この時点での情報共有は不要と考えます。

(捏造と考えられる重大な事実について)
記事には、『記者が今年7月、複数のがんを対象にペプチドの臨床試験を行っているある大学病院の関係者に、有害事象の情報が詳細に記された医科研病院の計画書を示した。さらに医科研病院でも消化管出血があったことを伝えると、医科研側に情報提供を求めたこともあっただけに、この関係者は戸惑いを隠せなかった。「私たちが知りたかった情報であり、患者にも知らされるべき情報だ。なぜ提供してくれなかったのだろうか。」』とあります。

我々は東大医科学研究所ヒトゲノム解析センターとの共同研究として臨床研究を実施している研究者、関係者であり、我々の中にしかこの「関係者」は存在し得ないはずです。しかし、我々の中で認知しうるかぎりの範囲の施設内関係者に調査した結果、我々の施設の中には、直接取材は受けたが、朝日新聞記事内容に該当するような応答をした「関係者」は存在しませんでした。

我々の臨床研究ネットワーク施設の中で、出河編集委員野呂論説委員から直接の対面取材に唯一、応じた施設は7月9日に取材を受けた大阪大学のみでした。しかし、この大阪大学の関係者と、出河編集委員野呂論説委員との取材の中では、記事に書かれている発言が全く述べられていないことを確認いたしました(当会注釈:記者会見動画、25:30-26:32に、大阪大学に対する朝日新聞記者取材内容に関する質疑応答あり)。したがって、われわれの中に、「関係者」とされる人物は存在しえず、我々の調査からは、10月15日朝刊社会面記事は極めて「捏造」の可能性が高いと判断せざるを得ません。朝日新聞の取材過程の適切性についての検証と、記事の根拠となった事実関係の真相究明を求めると同時に、記事となった「関係者」が本当に存在するのか、我々は大いに疑問を持っており、その根拠の提示を求めるものであります。

また、10月16日、朝日新聞社説においては、捏造の疑いのある前日の社会面記事に基づいて、『研究者の良心が問われる』との見出しで、ナチス・ドイツの人体実験まで引用し、読者に悪印象を植え付ける形で、われわれ研究者を批判する記事が掲載されました。これら一連の報道は、われわれ臨床研究を実施している研究者への悪意に満ちた重大な人権侵害であり、全面的な謝罪を求めるものです。

今回の捏造と考えられる重大な事実について、我々と患者さんを含めた社会が納得できるように、一連記事と同程度の1面記事を含めた紙面においての事実関係の調査結果の掲載を要求すると同時に、われわれ研究者への悪意に満ちた重大な人権侵害に対する全面的な謝罪を求め、ここに抗議いたします。

Captivation Network臨床共同研究施設
代表世話人 藤岡知昭岩手医科大教授
76名医師名記載あり、省略
抗議文PDFファイル参照


日本医学会声明「事実を歪曲した朝日新聞がんペプチドワクチン療法報道」(2010/10/29)

(当会注:日本医学会HPより髙久会長許諾のもと全文引用掲載)

日本医学会
会長 髙久史麿


 2010年10月15日の朝日新聞朝刊1面に、『「患者が出血」伝えず 臨床試験中のがん治療ワクチン 東大医科研、提供先に』と題する記事が掲載されました。

 記事は、東京大学医科学研究所附属病院での「がんワクチン」臨床試験中に、膵臓がんの患者さんに起きた消化管出血が、「『重篤な有害事象』と院内で報告されていたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかった、また医科研病院は消化管出血の恐れのある患者を被験者から外したが、他施設の被験者は知らされていなかった、と報じるものでした。一般の読者がこの記事を読まれた場合、「東大医科研が、臨床試験でがんワクチンが原因の消化管出血が生じているにもかかわらず、他の施設に情報を提供せず隠ぺいした」という印象をお持ちになられると思います。

 しかし医学的真実は異なります。医科研病院が情報隠蔽をしていたわけではありません。

 まず、この臨床試験は難治性の膵臓がん患者さんを対象としたものであり、抗がん剤とがんワクチンを併用したものでした。難治性の膵臓癌で、消化管出血が生じることがあることは医学的常識です。当該患者さんも、膵臓がんの進行により、食道からの出血を来していました。あえて他の施設に消化管出血を報告することは通常行われません。さらに、この臨床試験は医科研病院単独で行われたものであり、他の施設に報告する義務はありませんでした。以上から、医科研病院が情報隠蔽をしていたわけではないことがわかります。
(当会注:「受付番号20−23、進行膵癌に対する腫瘍新生血管関連遺伝子VEGFR1 由来HLA-A2 拘束性エピトープペプチドを用いた腫瘍新生血管特異的ワクチン療法とGemcitabine 化学療法の併用療法、第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験、自主臨床試験」及び「受付番号20−24、進行膵癌に対する腫瘍新生血管関連遺伝子VEGFR1 由来HLA-A24 拘束性エピトープペプチドを用いた腫瘍新生血管特異的ワクチン療法とGemcitabine 化学療法の併用療法、第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験、自主臨床試験」論文Case 2参照。『臨床試験中のがん治療ワクチン」に関する記事について(患者様へのご説明)』、「この患者様の場合には、2008年10月に消化管出血が認められました。この出血は、すい臓がんの進行に伴って肝臓へ流れる血管(門脈)が詰まったために、食道に静脈のコブ(静脈瘤)ができ、そこから出血がおこったものと判断されました」も参照。

 さらに記事には問題があります。それは、日本のトップレベルの業績を持つ中村祐輔教授を不当に貶める報道内容であったことです。

 2010年10月15日の朝日新聞社会面は、「患者出血「なぜ知らせぬ」ワクチン臨床試験協力の病院、困惑」「薬の開発優先批判免れない」となっています。本文中では、中村祐輔教授が、未承認のペプチドの開発者であること、中村教授を代表者とする研究グループが中心となり、上記ペプチドの製造販売承認を得ようとしていること、中村教授が、上記研究成果の事業化を目的としたオンコセラピー・サイエンス社(大学発ベンチャー)の筆頭株主であること、消化管出血の事実が他の施設に伝えられなかったことを摘示し、「被験者の確保が難しくなって製品化が遅れる事態を避けようとしたのではないかという疑念すら抱かせるもので、被験者の安全よりも薬の開発を優先させたとの批判は免れない」との内容が述べられています。

 しかしながらこの記事の内容も誤っています。中村祐輔教授は、がんペプチドワクチンの開発者ではなく、特許も保有しておらず、医科研病院の臨床試験の責任者ではありません。責任を有する立場でない中村祐輔教授を批判するのは、お門違いであり、重大な人権侵害です。

 この記事の影響により、関係各所のみならず多くの医療機関に患者さんやご家族からの問い合わせが殺到しました。
 新たな治療法や治療薬の開発は、多くのがん患者さんにとって大きな願いです。しかしながら、誤った報道から、がん臨床研究の停滞や、がん患者さんの不安の増大が懸念されます。

 以上の理由により、日本医学会は日本癌学会ならびに日本がん免疫学会の抗議声明を支持します。

参考:
 朝日新聞の記事(10月15・16日)に関して−がん関連二学会からの抗議声明−(当会注:日本癌学会HP抗議文に飛びます)


朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事について(2010/10/20)

(東大医科研ホームページより清木所長許諾により全文引用掲載)

東京大学医科学研究所所長 清木元治


国民の2人に1人が、がんになる時代となり、有効な予防法や治療法の確立は、研究者や医療者にとって、ますます重要な任務になっています。
また、治療法の開発に欠かせない臨床試験や治験は、がん患者様の尊い意思と医療者への信頼があってこそ、はじめて成り立つものであり、東京大学医科学研究所では、基礎研究の成果を新たな治療法の開発につなげるために、日夜、研究者や医療者が努力しています。

2010年10月15日付朝日新聞の1面では、当研究所で開発した「がんワクチン」に関しまして附属病院で行いました臨床試験中、2008年、膵臓がんの患者様に起きた消化管出血について、「『重篤な有害事象』と院内で報告されましたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかった」と報じられ、臨床試験の実施体制やその背景に様々な疑問を抱かせる記事となっております。

しかしながら、この記事には、多数の誤りが見られます。
まず、この消化管出血は、すい臓がんの進行によるものと判断されており、適切な治療を受けて消化管出血は治癒しています。

(当会注釈:2010年9月25日公開、Clinical Journal of Gastroenterology, Gastrointestinal bleeding during anti-angiogenic peptide vaccination in combination with gemcitabine for advanced pancreatic cancer , Case 2を参照。case 2は膵頭部癌進行・門脈圧亢進による食道静脈瘤からの出血。)
また、附属病院で実施された臨床試験は、単施設で実施したものであり(当会注:「受付番号20−23、進行膵癌に対する腫瘍新生血管関連遺伝子VEGFR1 由来HLA-A2 拘束性エピトープペプチドを用いた腫瘍新生血管特異的ワクチン療法とGemcitabine 化学療法の併用療法、第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験、自主臨床試験」及び「受付番号20−24、進行膵癌に対する腫瘍新生血管関連遺伝子VEGFR1 由来HLA-A24 拘束性エピトープペプチドを用いた腫瘍新生血管特異的ワクチン療法とGemcitabine 化学療法の併用療法、第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験、自主臨床試験」上記論文参照)、他の大学病院等の臨床研究とは、ワクチンの種類、投与回数が異なっております。

さらに、最も基本的な、ワクチン開発者の名称が異なっております。

より詳しくは、『臨床試験中のがん治療ワクチン」に関する記事について(患者様へのご説明)』(PDFファイルが開きます)をご覧下さいませ。

この記事が出されて以降、本学には「がんワクチンで消化管出血するのでしょうか?」という問い合わせが相次いでいます。
また、標準治療を断念せざるを得なくなった患者様からは、「これで臨床試験が停止するのではないか」という心配の声も頂いています。
このような記事を目にして不安を抱かれた、全国の患者様の動揺を心から憂いております。
そして、この記事は、日本の医療の発展のために、これまで真摯に臨床試験に取り組んできた、全国の医師、看護師、臨床試験コーディネーターらを大いに落胆させていることも気がかりでございます。

この記事は、先端医療の発展を踏みにじるものです。

医科学研究所は2010年2月の取材依頼以降、副所長名で1度、所長名で2度、質問に対する真摯な回答を適宜行って参りました。
その取材過程のなかで、記事のなかで述べられている誤りについても、既に根拠を示して回答してきています。
にもかかわらず、このような記事を、社内でいくつものチェックをすり抜けてトップニュースとして掲載する朝日新聞社の見識には、大いに不信を抱かざるを得ません。

 果たして、この記事はいったいどのような目的で書かれたものなのでしょうか?

 朝日新聞社は、このような記事を掲載するに至った経緯や責任を明らかにするべきだと考えます。

なお、この衝撃的な朝日新聞記事に対する個人的な所感は、以下『朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事(2010年10月15日)に見られる事実の歪曲について』をご覧ください。

                                     以上


朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事(2010年10月15日)に見られる事実の歪曲について(2010/10/20)

(東大医科研ホームページより清木所長許諾により全文引用掲載)

東京大学医科学研究所 教授 清木元治

2010年10月15日付朝日新聞の1面トップに、「『患者が出血』伝えず 東大医科研、提供先に」(東京版)との見出しで、当研究所で開発した「がんワクチン」に関して附属病院で行った臨床試験中、2008 年に膵臓がんの患者さんに起きた消化管出血について、「『重篤な有害事象』と院内で報告されたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかったことがわかった」と野呂雅之論説委員、出河雅彦編集委員の名前で書かれています。
また、関連記事が同日39 面にも掲載されています(その他には、同夕刊12面、16 日社説、36 面)。

特に15 日付朝刊トップの記事は、判りにくい記事である上に、基本的な事実誤認があり、関係者の発言などを部分的に引用することにより事実が巧妙に歪曲されていると感じざるを得ません。
判り難くい記事の内容を補足する形で、更なる解説を出河編集委員が書いているという複雑な構図の記事です。

この構図を見ると、記事の大部分を占める医科学研究所の臨床試験に関するところでは、何らかの法令や指針の違反、人的被害があったとは述べられていないので、記事は解説部分にある出河編集委員の主張を書く為の話題として、医科学研究所を利用しているだけのように思えます。

しかし、一般の読者には、「医科学研究所のがんワクチンによる副作用で出血があるようだ。それにもかかわらず、医科学研究所は報告しておらず、医療倫理上問題がある」と思わせるに十分な見出しです。

なぜこのような記事を書くのか理由は判りませんが、実に巧妙な仕掛けでがんワクチンおよび関連する臨床試験つぶしを意図しているとしか思えませんし、これまで朝日新聞の野呂論説委員、出河編集委員連名の取材に対して医科学研究所が真摯に情報を提供したことに対する裏切り行為と感じざるを得ません。

その1:前提を無視して構図を変える記事づくり

記事の中では、ワクチン投与による消化管出血を重大な副作用であるとの印象を読者に与えることを意図して、医科学研究所が提供した情報から記事に載せる事実関係の取捨選択がなされています。

まず、医科学研究所は朝日新聞社からの取材に対して、「今回のような出血は末期のすい臓がんの場合にはその経過の中で自然に起こりうることであること」を繰り返し説明してきました。

(当会注釈: 2008年10月発症、Clinical Journal of Gastroenterology, Gastrointestinal bleeding during anti-angiogenic peptide vaccination in combination with gemcitabine for advanced pancreatic cancer 論文中考察でも議論。Case 2を参照。case 2は膵頭部癌進行・門脈圧亢進による食道静脈瘤からの出血。2010年9月25日論文公開)

それと関連して、和歌山県立医大で以前に類似の出血について報告があったことも取材への対応のなかで述べています。

(当会注釈: 2008年2月1日開催のCaptivation Network会議で別施設の消化管出血が報告され、多施設間で情報共有されていた。さらに上述論文の引用文献、Cancer Science, Phase I clinical trial using peptide vaccine for human vascular endothelial growth factor receptor 2 in combination with gemcitabine for patients with advanced pancreatic cancerを参照。2009年10月27日論文公開)

これらは、今回の出血がワクチン投与とは関係なく原疾患の経過の中で起こりうる事象であることを読者が理解するためには必須の情報です。

しかし、今回の記事ではまったく無視されています。この情報を提供しない限り、出血がワクチン投与による重大な副作用であると読者は誤解しますし、そのように読者に思わせることにより、「それほど重要なことを医科学研究所は他施設に伝えていない」と批判させる根拠を意図的に作っているという印象を持たざるを得ません。

事実、今回の記事では「消化管出血例を他施設に伝えていなかった」ということが最も重要な争点として描かれており、厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」では報告義務がないかもしれないが、報告するのが研究者の良心だろうというのが朝日新聞社の主張です(16 日3 面社説)。

その為には、今回の出血が「通常ではありえない重大な副作用があった」という読者の誤解が不可欠であったと思われます。

このことは「他施設の研究者」なる人物による「患者に知らせるべき情報だ」とのコメントによってもサポートされています。

進行性すい臓がん患者の消化管出血のリスクは、本来はワクチン投与にかかわらず主治医から説明されるべきことです。

取材過程で得た様々な情報から、出河編集委員にとって都合のよいコメントを選んで載せたと言わざるを得ません。

その2:「報告義務」と「重篤な有害事象」の根拠のない誤用

単独施設の臨床試験の場合でも、予想外の異変や、治療の副作用と想定されるような事象があれば、「臨床研究に関する倫理指針」の報告義務の範囲にかかわりなく、速やかに他施設に報告すべきでしょう。

しかし、日常的に原疾患の進行に伴って起こりうるような事象であり、臨床医であれば誰でもそのリスクを認知しているような情報については、その取り扱いの優先順位をよく考慮してしかるべきだと考えます。

煩雑で重要度の低い情報が飛び交っていると、本来、監視すべき重要な兆候を見逃す恐れがあります。

この点も出河編集委員・野呂論説委員には何度も説明しましたが、具体的な反論もないまま、報告する責務を怠ったかのような論調の記事にされてしまいました。

「重篤な有害事象」とは、「薬剤が投与された方に生じたあらゆる好ましくない医療上のできごとであり、当該薬剤との因果関係については問わない」と国際的に定められています。

また、「重篤な有害事象」には、「治療のため入院または入院期間の延長が必要となるもの」が含まれており、具体的には、風邪をひいて入院期間が延長された場合でも「重篤な有害事象」に該当します。

このことも繰り返し説明しましたが、記事には敢えて書かないことにより「重篤な有害事象」という医学用語を一人歩きさせ、一般読者には「重篤な副作用」が発生したかのように思わせる意図があったと感じざるを得ません。

実際に、この目論見が当たっていることは多くの人々のネットでの反応を見れば明らかです。

その3:インパクトのあるキーワードの濫用

本記事を朝刊のトップに持ってくるためのキーワードとして、人体実験的な医療(臨床試験)、東京大学、医科学研究所、ペプチドワクチン、消化管出血、重篤な有害事象、情報提供をしない医科研、中村祐輔教授名などはインパクトがあります。特に中村教授については当該ワクチンの開発者であり、それを製品化するオンコセラピー社との間で金銭的な私利私欲でつながっているとの想像を誘導しようとする意図が事実誤認に基づいた記事のいたるところに感じられます。

中村教授はペプチドワクチン開発の全国的な中心人物の一人であり、一面に記事を出すにも十分なネームバリューがあります。

しかし、本件のペプチド開発者は実は別人であり、特許にも中村教授は関与していません。

臨床試験に必要な品質でペプチドを作成することは非常に高価であるために、特区としてペプチド供給元となる責任者の立場です。

これらの情報も、取材過程で明らかにしてきたにもかかわらず、敢えて事実誤認するのには、何か事情があるのでしょうか。

その4:部分的な言葉の引用

朝日新聞の取材に対する厚生労働省のコメントとして「早急に伝えるべきだ」との見解が掲載されています。
しかし、「因果関係が疑われるとすれば」というような前置きが通常はあるはずであり、それを削除して引用することにより、医科研の対応に問題があったと厚生労働省が判断したかのようミスリードを演出した可能性があります。


以上のように、朝日新聞朝刊のトップ記事を書くために、医科学研究所では臨床試験の被験者に不利益をもたらす重大な事象さえ他施設に伝えることなく放置しているというストーリーを医科学研究所が提供した情報の勝手な取捨選択と勝手な事実誤認を結び付けることにより作ったと考えざるを得ません。

これほどまでしなければならなかった出河編集委員の目的は何なのでしょうか?

それが解説として述べられている出河編集委員の主張にあると思われます。
出河編集委員はこの解説を1 面で書きたい為に、医科学研究所で不適切ながんワクチンの臨床試験が行われたという如何にも大きな悪があるというイメージを仕立て上げなければならなかったのではないかと想像します。

解説部分では、臨床試験では法的な縛りがないので、患者に伝えられるべき重要な副作用情報が開発者の利害関係によって今回の医科学研究所の例に見られ得るように患者や医療関係者に伝えられないことがあるということを主張し、だから一律に法規制を掛けるべきだという、彼の従来の主張を繰り返しています。

適否は別にして、この議論は今回の医科学研究所の例を引くまでもなく成り立つことです。
しかし、医科学研究所の臨床試験に対する創作的な記事を書くことにより、医科学研究所の臨床試験のみならず我が国の医療開発に対して強引な急ブレーキを掛けようとしているだけでなく、標準的な治療法を失った多くのがん患者さんが臨床試験に期待せざるを得ない現在の状況をまったく考慮していません。

このことは自らがん患者である片木美穂さんのMRIC への投稿に的確に述べられていると思います。

今回の朝日新聞の記事を見るとき、かなり昔のことですが、高邁な自然保護の主張を訴えるために自ら沖縄のサンゴ礁に傷つけた事件があったことをつい思い出してしまいます。
今回、傷つけられたのは、医科学研究所における臨床試験にかかわる本当の姿であり、医療開発に携わる研究者たちであり、更には新しい医療に希望をつなごうとしている全国の患者の気持ちです。

法規制論議についてはマスコミの取材と記事についても医療倫理と同様のことが言えるのではないかと思います。

沖縄の事件のように事実を捏造して記事を書くのは論外ですが、事実や個人の発言をいったんバラバラにして、あとで断片をつなぎ合わせる手法を用いればかなりの話を創作することは可能です。

これらも捏造に近いと思いますが、許せる範囲のものからかなり事実と乖離したグレーなものまであるでしょう。

しかし、新聞記事の影響は絶大であり、これで被害が及ぶ人たちのことを考えればキッチリと法的に規制をかけて罰則を整えないと、報道被害をなくすることはできないと言う意見も出てきそうです。

しかし、そういった議論があまり健全でないことは言うに及びません。
社会には法的な規制がかけにくい先端部分で新しい発展が生まれ、人類に貢献し、社会の健全性が保たれる仕組みとなることも多々あります。無論そこでは関係者の高いモラルと善意が必要であることは言うまでもありません。

今回の報道では、新しい医療開発に取り組む多くのまじめな研究者・医師が傷つき、多くのがん患者が動揺を感じ、大きな不安を抱えたままとなっている現状を忘れるべきではないでしょう。

朝日新聞は10 月16 日に、「医科学研究所は今回の出血を他施設に伝えるべきであった」という社説をもう一度掲げて、「研究者の良心が問われる」という表題を付けています。
良心は自らを振り返りつつ問うべき問題であり、自説を主張するためには手段を選ばない記事を書いた記者の良心はどこに行ったのでしょうか。

また、朝日新聞という大組織が今回のような常軌を逸した記事を1 面に掲載したことが正しいと判断するのであれば別ですが、そうでなければ社内におけるチェックシステムが機能していないということではないでしょうか。

権力を持つ者が自ら作ったストーリーに執着するあまり、大きな過ちを犯したケースは大阪地検特捜部であったばかりです。高い専門性の職業にかかわるものとして常に意識すべき問題が改めて提起されたと考えます。

大丈夫か朝日新聞の報道姿勢(2010/10/24)

(東大医科研ホームページより清木所長許諾により全文引用掲載)

東京大学医科学研究所 教授 清木元治

平成22年10月15日の朝日新聞朝刊に東京大学医科学研究におけるペプチドワクチンの臨床試験についての報道がありました。
これに対して、10月20日に 41のがん患者団体が厚生労働省で記者会見を開き、我国の臨床試験が停滞することを憂慮するとの声明文を公表しました。
朝日新聞は翌日21日に、"患者団体「研究の適正化を」"と題する記事(朝刊38面)を書いています。

この記事が記者会見の声明文の真意を伝える報道であれば朝日新聞の公正な立場が評価されるところですが、よく読んでみますと声明文の一部分を削除して掲載することにより、声明の意図をすり替えているように読めます。

声明文の一部をそのまま掲載いたしますと:

「臨床試験による有害事象などの報道に関しては,がん患者も含む一般国民の視点を考え,誤解を与えるような不適切な報道ではなく,事実を分かりやすく伝えるよう,冷静な報道を求めます。」

全文は

膵臓がんサバイバーへの挑戦 41患者団体が共同声明(2010/10/20) http://pancreatic.cocolog-nifty.com/oncle/2010/10/37-3925.html

卵巣がん体験者の会スマイリー 活動報告 20日13時から厚生労働日比谷クラブで記者会見をします(2010/10/19) http://smiley.e-ryouiku.net/?day=20101019

ロハス・メディカル ブログ 朝日新聞報道に対して41患者団体が共同声明(2010/10/20) http://lohasmedical.jp/blog/2010/10/37.php


ところが朝日記事の声明文説明では:

「有害事象などの報道では,がん患者も含む一般国民の視点を考え,事実を分かりやすく伝えることを求めている。」

となっており、 なんと「誤解を与えるような不適切な報道ではなく」の部分が削除されています。


本来の声明文は、臨床試験を行う研究者・医師、行政関係者、報道関係者に向けられており、特に上記に相当する部分では報道に対して「誤解を与えるような不適切な報道」を慎んでほしいとの切実な要望が述べられています。

科学論文の世界では、事実の一部をなかったことにして解釈を意図的に変えることを捏造と呼んでおり、この捏造の定義に異論を唱える人はいらっしゃらないでしょう。
朝日新聞の10月15日から始まった一連の関連記事を読むと、実際の事実関係と書きぶりによって影響を与えようとしている目的との間に大きなギャップを感じざるを得ません。
社会に対して大きな権力を持ち責任を担う朝日新聞の中で、急速に報道モラルと体質の劣化が起こっているのではないかと思わせられ大変心配になります。
「医療や臨床試験の中では人権保護が重要だ」と主張している担当記者の人権意識は、単にインパクトある大きな記事を書く為の看板であり、最も根幹である保護されるべき対象が欠落しているのではないかと思わせられます。